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空外先生外伝 <凡人の限界>28 [空外先生外伝]
「その上の段のは、たしかヤスパースさんと、それにベルグソンさんからいただいたものです。とびらのところにたしかサインがあったと思いますが」
「ベルグソン・・・・」小林の眼が光り、顔がきっとなった。
「空外先生はベルグソンとは・・・」
「ええ、なにか一度病気見舞いに行ったような話はしておりましたが、あの、なにか?」
「いえ、別に」
「フランス在留のころ、主人はジルソンさんの家に下宿、というよりか同居していたようでございます。いつも音楽会へ招かれたり、レストランへ行ったりして、なにか主人にとって一番楽しかった時代のようでした」
「ほう、それは・・・・」
「一緒に生活しなければ、思想と生活のつながりを内部から理解することは出来ない、というのが主人の口ぐせでございまして・・・・」
夫人は、空外があらわれないので、来客に気を遣って、いつもより饒舌であった。今日の客は、大御所と言われるほどのおえらい方だという程度の認識は夫人にもあった。もっとも、この屋敷を訪れる「おえらい方」の基準が、一般のそれとはあまりにかけ離れたものである、という認識は夫人にはないのかもしれぬ。
「広大の西晋一郎先生をジルソンさんに紹介して、三人で語りあかしたとか、子規の俳句をフランス語に訳してジルソンさんに贈ったら、すごく感動なさって、涙を流して握手されたとか、主人がフランスの話をする時は機嫌のよい時でございます」
「ベルグソン・・・・」小林の眼が光り、顔がきっとなった。
「空外先生はベルグソンとは・・・」
「ええ、なにか一度病気見舞いに行ったような話はしておりましたが、あの、なにか?」
「いえ、別に」
「フランス在留のころ、主人はジルソンさんの家に下宿、というよりか同居していたようでございます。いつも音楽会へ招かれたり、レストランへ行ったりして、なにか主人にとって一番楽しかった時代のようでした」
「ほう、それは・・・・」
「一緒に生活しなければ、思想と生活のつながりを内部から理解することは出来ない、というのが主人の口ぐせでございまして・・・・」
夫人は、空外があらわれないので、来客に気を遣って、いつもより饒舌であった。今日の客は、大御所と言われるほどのおえらい方だという程度の認識は夫人にもあった。もっとも、この屋敷を訪れる「おえらい方」の基準が、一般のそれとはあまりにかけ離れたものである、という認識は夫人にはないのかもしれぬ。
「広大の西晋一郎先生をジルソンさんに紹介して、三人で語りあかしたとか、子規の俳句をフランス語に訳してジルソンさんに贈ったら、すごく感動なさって、涙を流して握手されたとか、主人がフランスの話をする時は機嫌のよい時でございます」
空外先生外伝 <凡人の限界>27 [空外先生外伝]
7
小林秀雄が人を介して空外の門を敲いたのは、彼がかねてから畢生の作と自から考えていた「本居宣長」著述に着手しようとしていた時であった。空外先生のところに本居宣長の手紙、さらにその師、賀茂真淵の手紙があるという情報を耳にしたからである。彼は早くより評論界の大御所として、その名を馳せていた。空外先生が隠士であろうと私の名はご存知だろう。自分も東大文学部なら先生と同門ではないか、という自負が彼にはあった。
その日、空外は仕事のきりがつかなかったのか、なかなか書斎から姿をあらわさなかった。夫人が気をきかせて彼を、書架のある部屋へ案内した。空外の本格的書庫は、実は別棟にあって、そこへ客を案内することはまずなかった。
「どうそ御自由に。お手にとって結構でございます」
夫人の声に礼を述べて小林は、書架の本を一、二冊引き抜いてみた。すべてが
重厚な装禎の原書である。「これは?」と小林は不審に思った。裏表紙にエチエンヌ・ジルソンとフランス語で記してあったからである。その隣りの本も、またその隣りも、肉筆で同名のサインが見られた。顔をのぞかせた夫人が、小林のいぶかしげな様子を見てとった。
「ああ、その一画は、全部ジルソンさんの蔵書でございます。書庫のほうにもまだたくさんございますが」
「ジルソンて、あの、中世哲学の最高峰と言われる・・・・」
「ええ、主人に御自分の蔵書を全部寄贈するとおっしゃられて。そりゃたいへんな量でございました」
夫人は、なにげなく言った。空外や夫人にとっては、別に誇示するほどのことでもなかった。
空外先生外伝 <凡人の限界>26 [空外先生外伝]
「いまの件といくらか関連があるものですから話がそれてしまいましたが、実は・・・」
と湯川がひと息ついた時、夫人は茶碗を載せた盆を持って引き下がろうとした。
遠慮したのである。
「いえ、奥様もいらして結構です。実は、その、先日、京都東山へ出向いて、先生の御墓所を見せていただきました。心がけのよい、などとは失礼な言い方ですが、なさるべきことはきちっとなさっている方だと深く感銘致しました。そして、あの辺りにまだ一、二、造成予定地があることが判りました。私は、あそこに自分の墓を建てたいのです。先生のお口添えがあれば手続きにも問題はないそうです。お願いします。私は・・・・・私は先生のおそばへ眠りたいのです・・・・・・」
「まあ、シューベルトみたいなことをおっしゃって・・・・」
夫人は、湯川の真摯な態度から醸し出される、その場の固い雰囲気をやわらげるように、しかし、真顔で言った。
空外は深くうなずいた。湯川の申し入れを承知したという気持ちではなく、彼の熱意に気圧されたように頭がさがってしまったのである。
「・・・・墓石に彫られている先生の書を拝見しながら、私はいろんなことを考えてみました。私が・・・物理学者としての私がやったこと、私のしてきたことを振り返ってみて、それは一体、何だったろうと考えてみました。そして、喩えて言えばそれは、太平洋の水を盃で救い上げていたに過ぎない、と思い致ったのです・・・」
・・・・空外も夫人も、しばらくはおし黙っていた。夫人が目がしらを押さえた。湯川もハンケチを出して眼鏡を上げた。湯川秀樹の、あの輝かしい業績を、彼自身は今、盃一杯の水に喩えている・・・・。
謙遜でも卑下でもない。偉大なる悟りと言うべきであった。空外の無二的人間の哲学が、彼をよくここまで教導し得たのではなかったか。
昭和五十六年九月八日。湯川秀樹博士、恩師空外を遺して忽然と逝く。京都東山の湯川博士の墓は、空外の墓所と接し、一段低く建てられている・・・・。
と湯川がひと息ついた時、夫人は茶碗を載せた盆を持って引き下がろうとした。
遠慮したのである。
「いえ、奥様もいらして結構です。実は、その、先日、京都東山へ出向いて、先生の御墓所を見せていただきました。心がけのよい、などとは失礼な言い方ですが、なさるべきことはきちっとなさっている方だと深く感銘致しました。そして、あの辺りにまだ一、二、造成予定地があることが判りました。私は、あそこに自分の墓を建てたいのです。先生のお口添えがあれば手続きにも問題はないそうです。お願いします。私は・・・・・私は先生のおそばへ眠りたいのです・・・・・・」
「まあ、シューベルトみたいなことをおっしゃって・・・・」
夫人は、湯川の真摯な態度から醸し出される、その場の固い雰囲気をやわらげるように、しかし、真顔で言った。
空外は深くうなずいた。湯川の申し入れを承知したという気持ちではなく、彼の熱意に気圧されたように頭がさがってしまったのである。
「・・・・墓石に彫られている先生の書を拝見しながら、私はいろんなことを考えてみました。私が・・・物理学者としての私がやったこと、私のしてきたことを振り返ってみて、それは一体、何だったろうと考えてみました。そして、喩えて言えばそれは、太平洋の水を盃で救い上げていたに過ぎない、と思い致ったのです・・・」
・・・・空外も夫人も、しばらくはおし黙っていた。夫人が目がしらを押さえた。湯川もハンケチを出して眼鏡を上げた。湯川秀樹の、あの輝かしい業績を、彼自身は今、盃一杯の水に喩えている・・・・。
謙遜でも卑下でもない。偉大なる悟りと言うべきであった。空外の無二的人間の哲学が、彼をよくここまで教導し得たのではなかったか。
昭和五十六年九月八日。湯川秀樹博士、恩師空外を遺して忽然と逝く。京都東山の湯川博士の墓は、空外の墓所と接し、一段低く建てられている・・・・。
空外先生外伝 <凡人の限界>25 [空外先生外伝]
ヤスパースの原書を中心に二人の話ははずんでいった。熱を帯びていった。話し出すときりがなかった。ころ合いを見て、夫人が抹茶を点ててくるのが常であった。すでに二人とも、それほど若くはない。夫人は健康を気づかっているのである。果てるともない話というものは、なにかのきっかけで中断するのも容易なはずである。抹茶を飲み終えると湯川は、きっとあらたまって坐り直した。
「今日は大事なことをお願いにあがったのですが、ああ、その前に、今朝がた、今日おうかがいすることを再確認するためのお電話をさしあげた時、奥様からお聞きしたんですが、先日、オッペンハイマー博士がなにか先生にお願いしたとか」
空外は茶碗をひくために、まだその場にいた夫人のほうをちらっと見た。
湯川はあわてた。
「いえ、私が根ほり葉ほり訊きただしたので奥様が仕方なくお話してくれたんです」
「あら、弟子入りのお話でございますか」
夫人は、空外のほうを見やりながら、
「いいじゃございませんか、湯川先生なら。もうあなたのほうからお話になったのかと思っておりましたわ」
「先生はもちろんお断りになったんでしょうね。困りますよ、それは」
「なにも湯川さんが困ることはないだろうに」
「いえ、ハイマー博士を弟子にするなら、私を第一号にしていただかなくては困ります。彼は物理学者、私もその分野のはしくれ。でも、私のほうが先生とは、はるかに縁が深いのですから」
「ま、ま、いいじゃないですか、その話は」
空外は少々あわてた。日米原子物理学者の代表が、かりにも西洋哲学者に弟子入り志願とは妙な話である。
「それより湯川さん。あなたのお願いとは・・・・・」
と空外は話題を変えるのに懸命だった。
「今日は大事なことをお願いにあがったのですが、ああ、その前に、今朝がた、今日おうかがいすることを再確認するためのお電話をさしあげた時、奥様からお聞きしたんですが、先日、オッペンハイマー博士がなにか先生にお願いしたとか」
空外は茶碗をひくために、まだその場にいた夫人のほうをちらっと見た。
湯川はあわてた。
「いえ、私が根ほり葉ほり訊きただしたので奥様が仕方なくお話してくれたんです」
「あら、弟子入りのお話でございますか」
夫人は、空外のほうを見やりながら、
「いいじゃございませんか、湯川先生なら。もうあなたのほうからお話になったのかと思っておりましたわ」
「先生はもちろんお断りになったんでしょうね。困りますよ、それは」
「なにも湯川さんが困ることはないだろうに」
「いえ、ハイマー博士を弟子にするなら、私を第一号にしていただかなくては困ります。彼は物理学者、私もその分野のはしくれ。でも、私のほうが先生とは、はるかに縁が深いのですから」
「ま、ま、いいじゃないですか、その話は」
空外は少々あわてた。日米原子物理学者の代表が、かりにも西洋哲学者に弟子入り志願とは妙な話である。
「それより湯川さん。あなたのお願いとは・・・・・」
と空外は話題を変えるのに懸命だった。
空外先生外伝 <凡人の限界>24 [空外先生外伝]
「ところで・・・。」
と空外は卓子の上の原書を取り上げて、しおりのはさんであるページを開いた。しおりは他に数枚はさんであった。
「湯川さん、お読みになればお判りでしょうが・・・・・」
「いえ、先生訳して下さい。哲学書はどうも・・・・」
「じゃ、ちょっと訳してみましょう・・・「哲学的に考えるということは、科学のように進歩してはいない。われわれは明らかにギリシャの医者ヒポクラテスよりもはるかに進歩している。だが、プラトンよりも進歩しているとは言えない。彼の利用した科学的認識の材料だけなら、われわれのほうが多くを知っているけれども、哲学的な思索そのものになると、恐らく再びプラトンの程度に達する見込みはほとんどない」・・・・ま、こんな意味でしょうか。湯川さんはどう思います」
湯川は目をつむって時々軽くうなずきながら聞いていたが、空外の質問にふと目を開き、遠くを見つめるまなざしで口を開いた。
「わかります。その通りだとも思います。でも、哲学的に考えることは科学のように進歩してはいない・・・・というのはどうでしょうか。ヤスパースさんは哲学者だからこう考えるのだと思いますが」
「ですから、科学者であるあなたにお聞きしたかったのです」
「科学が進歩していることは、外面的、実証的には認められるかもしれませんが、哲学も科学も、人間の思考、認識とか判断という点では同じじゃないかと思うのです。両者を相対的に見ることが不自然な感じにすら、私には思えるのです。ヤスパースさんの言葉を入れ代えて「科学的に考えることは、哲学のように進歩はしていない」と言っても私は納得するかもしれません。よく言いあらわせないんですが、先生のところへうかがうようになってから、哲学と科学の区別がつかなくなったような気がしてきた自分に、はっとすることがあるのです」
と空外は卓子の上の原書を取り上げて、しおりのはさんであるページを開いた。しおりは他に数枚はさんであった。
「湯川さん、お読みになればお判りでしょうが・・・・・」
「いえ、先生訳して下さい。哲学書はどうも・・・・」
「じゃ、ちょっと訳してみましょう・・・「哲学的に考えるということは、科学のように進歩してはいない。われわれは明らかにギリシャの医者ヒポクラテスよりもはるかに進歩している。だが、プラトンよりも進歩しているとは言えない。彼の利用した科学的認識の材料だけなら、われわれのほうが多くを知っているけれども、哲学的な思索そのものになると、恐らく再びプラトンの程度に達する見込みはほとんどない」・・・・ま、こんな意味でしょうか。湯川さんはどう思います」
湯川は目をつむって時々軽くうなずきながら聞いていたが、空外の質問にふと目を開き、遠くを見つめるまなざしで口を開いた。
「わかります。その通りだとも思います。でも、哲学的に考えることは科学のように進歩してはいない・・・・というのはどうでしょうか。ヤスパースさんは哲学者だからこう考えるのだと思いますが」
「ですから、科学者であるあなたにお聞きしたかったのです」
「科学が進歩していることは、外面的、実証的には認められるかもしれませんが、哲学も科学も、人間の思考、認識とか判断という点では同じじゃないかと思うのです。両者を相対的に見ることが不自然な感じにすら、私には思えるのです。ヤスパースさんの言葉を入れ代えて「科学的に考えることは、哲学のように進歩はしていない」と言っても私は納得するかもしれません。よく言いあらわせないんですが、先生のところへうかがうようになってから、哲学と科学の区別がつかなくなったような気がしてきた自分に、はっとすることがあるのです」
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